シューキャク・マン参上!

代表取締役 浜畑 勝裕


いつも大変お世話になっております。
代表取締役の浜畑勝裕です。

昔から伝わる言葉に「客の多い家は栄える」「千客万来」というものがあります。どちらの言葉にも「多くの客が入れ代わり立ち代わりすることで商売が繁盛する」といった意味がありますが、私は実際にこの目で、その言葉通りの場面を、数多く目の当たりにしてきました。

私がまだ幼かった頃、母親が自宅で3坪ほどの小さなお店を開店しておりました。駄菓子やパン、たこ焼きの販売からクリーニングの取次ぎまでしていたため、近所の小学生や部活動の帰りの中学生、その親御さんと、たくさんの人が集まる店でした。

お客様の個別の注文に、おせっかい焼きの母親が応える店は、田舎の小さな店舗ながらも大繁盛。いつも笑顔で「どうもありがとうございます」という母親の声を聞きながら店の手伝いをしていた私は子供の頃から「人が集まる喜び」を体験していたといえます。

その後、社会人となった私は、株式会社博報堂という広告会社で約17年もの間さまざまな企業様の集客のお手伝いをしてまいりました。その後の転職先であるプロスポーツチーム運営企業では、まさに事業の当事者として、さまざまな集客施策を考え、実践していく中で数多くの奇跡が起こる瞬間に立ち会うことが出来たのです。

プロスポーツチームは、ご観戦のお客様が多ければ多いほど他の事業に好影響を与えます。観戦客が多ければ、チケット収入はもちろんのこと、会場内での飲食やグッズの売上は増加し、また、スポンサー様との広告看板契約が見込め、さらにはファンクラブの会員数や選手を目指すスクール生の人数も増えていきます。

そして、ファンが増え、観戦席がとりずらくなると、おのずと観戦チケットの価値も高くなります。このように試合を満員にすることこそが、各事業に好影響を与え、チーム全体の収入を増やす要因となるのです。

さらに、チーム収入が増えることで、チームの強化資源が確保できることから、強いチーム作りが可能となり、その強いチーム見たさに、観戦にくるお客様がさらに増えていくという好循環が生まれます。

多くの集客⇒各事業に好影響⇒事業収入増⇒チームの強化資源増⇒強いチーム作り⇒ファンの増加、という好循環構造です。

まさに、「人が集まれば、奇跡が起こる」のです。

私は、その目の当たりにしてきた「人が集まることで奇跡が起こる」経験と原点となる「人が集まる喜び」を胸にシューキャク・マン株式会社を設立しました。

シューキャク・マン株式会社は、「Webのチカラ」と「人のチカラ」で皆様の商売にたくさんのお客様を集め賑わいをもたらせるような会社を目指してまいります。

今後ともよろしくお願い申しあげます。

経歴

1992年立命館大学法学部卒業後、株式会社博報堂入社。

博報堂時代は、途中1年間の米国留学を除いて17年間、大手石油会社、GMS、携帯キャリア、大手通信会社、ハンバーガーチェーン、大手コンビニ会社、飲料メーカー、トイレタリーなど固い商品から柔らかい商品まで様々な企業のマーケティング戦略・ブランディング・広告・PR・WEBプロモーション・店頭販促・レスポンスチラシ・固定客DM・グッズ製作などの業務全般をチームリーダーとして辣腕を振るい、数々の実績をあげる。

2009年株式会社博報堂退社。
事業当事者としてプロ野球チームの営業部長、プロアイスホッケーチームの事業統括本部長と修業をつむ。

2012年シューキャク・マン株式会社を設立。

Webディレクター 久保田 伸也


前職の博報堂プロダクツ時代に、さまざまな広告・販促の仕事を通じて学んだことは、「売上につながる生きた活動をするためには、とにかくお客様の生の声に触れること」でした。

予測や推察、常識がこうだから・・・ということではなく、実際お客様はどのようなアクションに対してどのような反応をしたか、実際どのように考えているかということを把握し、それをもとに活動を考えていくことが実際の成果につながることを学びました。

販促イベントなどでは実際に週末のホームセンターなどの店頭に立ち、お客様と接し、生の声を聞いていくことによって、それまでのプロモーションが実際とギャップがあることが把握できました。

そして、そのお客様の生の声をヒントにした販促活動、さらには広告活動にシフトさせていったことが、企業様の売上拡大の貢献に繋がったのだと思います。

また、飲料の市場調査では数千通にもおよぶフリーアンサーをくまなく読みこみ、お客様の声を最大限に反映させることにより、棚落ち候補の商品が定番商品となる活動に貢献することができました。

それ以外にも、折込広告、DM、WEB等のレスポンス広告が得意分野です。折込広告や交通広告、雑誌広告、店頭販売など、さまざまな活動を通して、どの経路のレスポンス効率が良いかを1つずつ地道に検証し、企業様の1レスポンスあたりのコスト削減に貢献しました。

こう振り返ってみると私が最も得意とするのはとにかく地道に汗をかくことですかね(笑)。。。そして、12年間の広告制作会社の経験を積んだ後、栃木のプロスポーツチームの熱さに感動し、転職した後は、地域のプロスポーツチームを後ろから支えるスポンサー営業として100社以上のスポンサー様を担当しました。

何の見返りも求めることなく、応援してくださる皆様のあたたかい気持ちに触れ、少しでもそのような企業様の売上拡大に少しでも貢献し喜んでいただけることができればと思い、この仕事を選びました。これからも汗をかいて走り回りたいと思います。

働くうえでのモットーは、「いつでも笑顔で明るく、素直にお客様にお話すること」。

飛騨高山のきれいに澄んだ空気や水のような田舎心で、お客様のために誠実な仕事をします。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。

経歴

1976年生岐阜県高山市出身。

富山大学経営学部卒業後、広告制作会社・博報堂プロダクツで12年間、TVCMや新聞・雑誌広告のマス広告の制作から、販促キャンペーン、販促イベント、折込広告・DM・WEB等のなど総額500億円以上の販促活動に従事。特に折込、DM、WEB等のレスポンス広告が得意分野。

12年間の広告会社経験を積んだ後、地域の熱さに感動し、地域のプロスポーツチームを後ろから支えるスポンサー営業として100社以上のスポンサーを担当した。

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